蒼 

ある日突然、空が白くなった。
寝て起きたら、外が真っ白になっていた。雪が降っているわけでもなく、雲があるわけでもない。ただ、青空ではない真っ白な空がそこにはあった。
元来、空は青いものだと思っていたのだが、その考え自体が誤っている、ということになっているようだ。友人たちは「今日もいい天気だね」と白い空を見上げて言うし、ニュースでは、今日も能天気に「綺麗な白空が広がっています」なんてのたまっている。世の中の常識として、「空は白い」んだそうだ。確証はないが、「雲」という概念も消失しているようだ。捨て垢に「雲すらない白い空ってなに?」とつぶやいたら、いつのまにか投稿は削除されていたし、報告もされてしまったようだった。不気味過ぎて、アカウントごと消してしまった。これが2か月ほど前の事である。
友人との会話が苦痛になってしまって、数日前から学校に行くのもやめてしまった。いわゆる不登校とやらである。不登校になって、時間の制約なく歩く街並みは、やけに色をなくして見えた。


そんなことを1週間ほど続けていたある日、見えない縄はしごに当たった。ついに自分にも幻覚が見えるようになってしまったか、と悲しんでいたら、近くに一枚の紙が落ちていた。
「そこにあるのは縄はしごです。これを登って一緒に青空を取り戻してくれる人を待っています」
数か月ぶりに見た「青空」という単語に、胸が躍った。

見えない縄はしごは、思っていたより安定していた。見えないから一段登るのにも時間はかかるが、途中途中に腰を下ろして休める空間があった。
ゆっくりと登っていった先には、小さな穴があった。人ひとりがなんとか通れるサイズだった。時間はかかったが、なんとか通り抜けることができた。
それを抜けた先には、青空があった。


「白空を超えるのは楽しかった?」
ふと声をかけられ、振り向いた先にいたのは、黄金色の髪に黒い目を持つ少年だった。それだけならただの少年だが、その少年は背中に羽を、頭には輪を持つ、いわゆる"天使"だった。
─白空を超える、とは?
「新しい世界に入ること?違うな、ありえないことをひっくり返すことかな。」
─現実がひっくり返されたから、それを戻したという認識なんだけど。
「ははっ。そのあたりは自分の判断によってくるから、好きにするといいよ。」
─…ありがとう。
「ああ、青空は君が元の世界に戻るのと同時に還るから。あの紙はこちらで置いたものだから気にしなくて大丈夫。」
─元の世界、というと。
「この空間がただの世界に見える?ここはどこかで、どこでもない空間だよ。」
─理解出来そうにないから、知らない場所だと思っておきますね。
「そのくらいが丁度良いんじゃない?」

それじゃ、と天使が笑いかけ、パキリ、と音がしたと同時に、世界がふっと遠のいた。


あの後、ほんの一つ変わったことを除けば、世界は普通に回っている。空が白かったことなんて誰も覚えてないし、空には雲があるし、テレビでは絶景としてどこかの青空だったり色鮮やかな世界が紹介されている。

なにが変わったんだって?ここに1枚の紙が増えたことだよ。あの天使がくれたんだ。
なんて書かれてるかって?

ごめん、
それは言いたくないな。


猪狩蒼弥さんからインスピレーションを受けてつくったショートストーリーでした。


猪狩蒼弥さん
誕生日御目出度う御座居ます。
健やかであって下さい。どうか、其れだけが今の願いです。
健やかである、という土台があって初めて綺麗な夢を追い求める事が出来ます。貴方が創る世界、貴方に視える世界、其れ等の為にも、先ずは健やかであって下さい。煩く何度も御免なさい。
唯、貴方が笑って日々を過ごすことができれば、其れで良いのです。